Laboratory Theatre

きままにものかき
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「声なき騎士の話」     (科虎
午前0時7分。
携帯のサブ画面にうつるアナログ時計がその時刻を指している。
8月ももう終わりだというのに、熱帯夜が終わりそうな気配はなかなか見えない。
ネクタイを緩め、シャツのボタンも一つはずしながら、ホームへの階段をだらだらと下りると
タイミングよく電車が到着したところだった。
そのまま乗り込んだ車両には誰もおらず、貸し切り状態。
中はかなりひんやりしていて、身体にまとわりついていた生温い空気が
自然と離れていくのがとても心地良い。私は大きく息をはいた。
「今日も長い一日だった……」
大げさなようだけれど、こうでもしないと肩の力がうまく抜けない。
先月、急遽退職した同僚の仕事を引き継いでからというもの、帰宅は大体この時間帯になる。
もともと定時になればお役ごめんという仕事でもないけれど、さすがにこの一ヶ月弱はキツい。
寝て、働いて、また寝て、働いて。
あとは身の回りのことをちょこちょこっとするだけで手一杯な毎日。
おかげで部屋は泥棒にでも入られたかのように大荒れだ。
もちろん、ものが散乱した部屋で目覚める度、今日こそは何とか片づけなければ、とは思う。
が、帰宅した時にはもう既に充電切れ。
そうする前に自然と身体がベッドへダイブしているのが現状だ。
このまま振り返っていくとまた気分が沈んでいきそうで、
私はもう一度さっきと同じように息を吐き出した。そのまま目を閉じ、電車の揺れに身を任せる。
すると案の定、その心地よさと一緒に眠気も連れだってやってきた。
降りる駅までまだ少しあるよな……。
そう思った時にはもう両目のまぶたがゆっくりと閉じかかかっていた。
私は吸い込まれるように眠りの淵へと落ちていった。
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     クリスマスケーキ     (纏青

積み上げられたケーキに、
サンタの衣装を着たお姉さん。
そんな季節になりました。

もしもケーキが話しだしたら……

     黒     (纏青

憎しみが、彼を動かしていた。
胸を掻き毟り、頭を抱え、眠れぬ夜を数え切れぬほど過ごしても、
その痛みに似た黒い感情が薄れる事は無かった。

しかし彼には、自らの手を血に染める事などできやしない。
そんな人格だからこそ独りで悶え苦しみ、そしてこんな儀式に手を出すのだろう。
「カンバセーションピース」     (科虎
最初にそれを見つけたのは兄だった。
「…うーん」
多少驚きを含んだ兄の唸り声が寝そべっている私の上から聞こえる。
「何?どうしたんよ?」
私は本から目を離さずにそれに答えた。
土曜日の午後。二階にある兄の部屋。
読書感想文用の本を探すため、私はここにやってきた。
ついでにその場で読んでいるのが現状である。
兄は私の横で現像してそのままになっていた写真を整理していた。
「春に撮った写真なんだけどさぁ…ちょっと見てみ」
写真をじっと見たまま言う。
兄の方から動く気配が全くないので、よいこらせっと起き上がると
私は兄の後ろから覗き込んだ。
「これよ」
兄が写真を差し出す。
「…あ!?」
「な」
どこにでもあるような家族写真なのだが。
「なんで、じーさんがいるん!?」
そうなのだ。
きちんとアイロンのかけられた千鳥格子のシャツにサスペンダー。
それに鳥打帽をかぶった、今は亡き祖父が何故か写真に収っている。
祖父は仕掛けたいたずらが上手くいった時ような得意そうな顔でこっちを見ていた。
向学心旺盛、新しいもの好き、いたずらっ子。
この三つが適度に合わされば、祖父のような人になるんだろう。
新しく聞く言葉があれば自分で調べ、知らないことがあれば試してみ、
そしてちょこちょこと他愛無い戯れを仕掛ける。
そういえば、幼少の私や兄にサイダーを最初に飲ませたのも祖父である。
今まで体験したことのない、口の中がしょわしょわする感覚に目を白黒させている孫たちを
面白そうに眺めていたと祖母から聞いた覚えがある。
もしかしたら、この写真もそれと同じようなことなのかもしれない。
そうだとすれば、とても祖父らしい。三つ子の魂百まで、とはよく言ったものだ。
「これ、ばあちゃんにも見せてあげたいけどさぁ…」
兄がぽつりと言う。
「…だよねぇ」
兄の意を汲み取りながら、私も相づちを打った。
しかし、肝心の祖母はどういう反応をするだろうか?
写真を見た途端、卒倒するというケースもあり得ないことではない。
ひとしきり二人で頭を付き合わせて考えた結果、兄は重々しく頷きながらこう言った。
「やっぱりこれは見せないでおこう」
「あれ、おじいさんやないの」
同時に頭上から当の本人の声がした。
『…ぇっ…ぁあ!!』
思わぬタイミングの良さに、私と兄の声が揃う。
上を向くと、心底嬉しそうな祖母の顔が近くに見えた。
「そんな大きい声出さんでも。それより、それ見せてもらえる?」
「え?あ…かまわんけど…、あの、それってついこないだ撮った写真なんよ?」
恐る恐る写真を渡しながら、兄は祖母に言う。
「知っとるよ」
祖母は動じることなく返した。
「ええやないの。啓ちゃんが晴れて大学生になったんやし、おじいさんも一緒に写りたかったんやろねぇ」
そう答えながら、兄の差し出した写真を受け取った。
年を重ねると、こうしたことで驚きを感じることが少なくなるのかもしれない。
それとも、最愛の祖父だから自然と受け止められるのか。
私や兄の不安もどこ吹く風という感じで
「千鳥格子も素敵やけど、ストライプのシャツの方がよう似合うてはったのに…」
などとファッションチェックをしながら、祖母はためつすがめつ飽きることなく眺めている。
「啓ちゃん。これ、私が貰ってもええかしら?」
写真から顔をあげて、祖母は兄に聞いた。
「あ、もちろん」
「ありがとう」
祖母はたおやかに笑うと着物の袂からハンカチを取り出し、
それで写真を丁寧に包んでまた大事そうに仕舞いこんだ。
私が言うのもなんだが、祖母のその一連の所作が若い娘さんのようでとても微笑ましく思える。
・・・まぁ、おばあちゃんが喜んでいるんだからいいか。
おばあちゃんっ子の私と兄は妙に納得した気持ちで、
部屋を出がけにまた『ありがとう』と笑った祖母の後姿を見送った。
その後も祖父は度々家族写真に姿を現し、私たちを驚かせ、そして祖母を喜ばせ続けた。
その二年後に祖母が他界した。
祖父と同じく十一月の小春日和の日、窓から差す日溜まりの中で眠るように息を引き取った。
そして翌年。
今度は私が大学生になり、また家族写真を撮る機会がやってきた。
すぐさま私は写真を現像に出し、そして引渡し予定時間きっちりに受け取ると
外で待っていた兄の車に乗り込む。
二人して家まで待ちきれず、その場で薄いアルバムを開く。
一ページ、二ページ。
他の写真を通り過ぎ、七ページ目でやっと目的の写真に辿りつく。
「あった、あったよ!って……ぁ…あ、れ…?」
喜んだのもつかの間、私は素っ頓狂な声をあげた。
そんな私を不思議そうに見た兄も、写真を見た途端にはっとその目を瞠る。
それというのも、私たちの後ろにいるのは祖父と祖母の二人ではなく、
祖父と祖母の等身大の立て看板。
そこに何か半紙のような紙が貼られていて、よく見ると見覚えのある達筆な字で何か書いてある。

 シバラクノ間、八重と旅ニ出ル 

しばらく二人してあっけにとられていたが、そのうち苦笑交じりに兄が呟く。
「…そりゃねぇよ、じーさん」
祖父のしてやったりとばかりににんまり笑う顔が浮かんだ。
     「封筒」     (纏青

いい関係を築いていたと思っていた。
こう考えていたのは俺だけだったのかもしれない。
その結果が今日のこれだ。

駅前のファーストフード店は、
平日のせいか、閑散としている。
二階の奥の隅、窓から離れた所にある席。
向かい合わせに座る小さいテーブルで、
見慣れない彼女と向き合っている。
俺の知らない服。 初めて見るような化粧。
何より体からでる雰囲気が別人のようだ。
……そのはずだ。本当の別れ話をするのは、これが初めてだから。
一つだけ変わらない、彼女がいつも使っている白いトートバッグ。
そこから、堅苦しい茶封筒が見えた。

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